信じられない大工さん
この大工さんに限らず、能力ってのは全ての人にあるらしい。ただ、それを活かしているかどうか、となるとこれは様々。ボク自身もいまだにどういう能力があるのかよくわかってない。
でももし、自分の能力に運よく気づき、それを生業として活かせているなら、それは最高の幸せと言ってもいいと思う。ではどうしたら、そうなれるか、又はそれに近づけるか。
おそらくそれはトライし続けることしかないんだと思う。例えばスポーツが嫌いな人は、おそらくずっとトライしないまま年を取る可能性が高い。でももしか したら石川遼くんをはるかにしのぐゴルファーだったかも知れないし、シャラポワをしのぐテニスプレイヤーだったのかも知れないのだ。ただ単に「好き・嫌 い」だけで判断して、結局トライをしなかったばっかりに、自分の能力に気づくきっかけを失ってしまった、なんてことは意外と多いんではなかろうか。
学校ってところは、好き嫌い関係なく全教科に取り組ませる。これはそういう意味では正解。実は子供の為になってるわけだ。ただ子供は「自分のため」と気 づけないから、サボったり最悪グレたりする。こうなるとその子供はマックスで不幸だ。てことは、いわゆる不良や落ちこぼれと言われてドロップアウトした人 の中にも、すげえ能力の持ち主がいたかも知れないにも関わらず、そういう人生になったとしたら、これ以上ない不幸だ。
だから学校は「勉強するところ」という表現じゃなく、「最低限のトライをするところ」とした方がわかりやすいし、モチベーションも変わろうかと思う。
ただ「トライ」と言っても、世の中にある選択肢はハンパなく多い。だから義務教育が終わっても高校、大学、専門学校と行くことで、可能性に「繋ぐ」わけだ。でも一体どれだけの人がトライが「能力覚醒への旅」だと認識して学校に行ってるだろう。
ボク自身、トライしてないことはいっぱいある。もうこの年になるとトライへの貪欲さは低くなってるし。
だから、子供時代ってのはホントに大事だなぁ、とつくづく思う。今思えば、各教科どっかでつまづいて「嫌い」に変わって行った経緯がある。例えば好き だった英語などは「have動詞」でつまづいて、それ以降落ちて行ったし、数学だと一次関数や素因数分解まで良かったのに二次関数でちょっと嫌気がさしだ した。しかしそのきっかけをリアルタイムで親や先生が察知してくれるわけじゃなし、テストで点数が落ちたときには随分とやる気が失われているわけだ。
実はウェブでも同じ。HTMLさえ知ってりゃなんとかなってたのが、スタイルシートやらXMLやらはもう付いて行けん。つか付いていく気がない。まぁ、これは自分の根気のせいだから仕方ないけど、子供時代のは悔やみきれない感がある。
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